『サンドリオン記念日 ~センキュー!よろしくっ☆~』について

あそこには、彼女たちがいて、私たちがいた。

 

とにかくとても良いライブだった。その良さについてずっと考えている。

久しぶりに会場に集まれたこと。生でライブを楽しめたこと。演出が凝っていたこと。新曲が聴けたこと。好きな曲を聴けたこと。5人が楽しそうだったこと。決意表明が聞けたこと……。

どれもそうだし、なのにそうじゃないとも感じてしまう。それだけじゃない。

なにが良かったんだろう。

 

あそこには、彼女たちがいて、私たちがいた。

たぶん、そういうことなんじゃないだろうか。

 

今までよりもずっと「伝える」ということに重きを置いていたように思う。演出も、セットリストも、パフォーマンスも、MCも。どれをとっても「伝える」という意識があった。「並々ならぬ想い」を「並々ならぬ想い」で伝えようとしていたんだと思う。伝わらなくてもいいなんて微塵も思っていない。伝えるために必要なことは全部やる。演出も、セットリストも、パフォーマンスも、MCも、そのための手段でしかなかった。もっと真ん中に伝えたい何かがあったし、そしてそれが何かということは、彼女たちを観ていたら十二分に伝わってきた。

それは相手がいないとできないことで、だから、良いライブだったんじゃないかと思う。

 

本来3月に開催予定だった本公演は延期となった。開催まで時間ができた5人は、だからこそ話し合う時間が持てたという。わたしは、おそらく5人はその時間に自分たちの未来の話をしたんじゃないかと思う。それはきっと自分自身と向き合うことになるはずで、決して楽ではなかったと思う。むしろ苦しいことだったと思う。ただでさえ、真っ暗で停滞した世界なのに、その中で、光を待つのではなく探し出すことは、途方もないことだったんじゃないかな。だけど、彼女たちはその中で、自身にとってのユニットの意味と、その進むべき道を見つけることができたんだと思う。

いくつもの壁を乗り越えてでも、その先の笑顔に会いたかったのかな。

ここはあたたかで、大好きで大切で、笑顔を共有できる場所。一度手が離れてしまったからこそ動き出した時間の中で、この場所を手離さないために、離れたその手を再び繋ぐために、繋ぎ続けていくために、そこに在り続けたいということ。在り続けるために、自分たちができること、やりたいこと、成し遂げたいこと、進みたい道はどれかということ。それを伝えたかったんじゃないかな。

ライブ途中の幕間映像で宣言された「メジャーデビュー」という言葉。

どれほどのものなんだろう。わたしにはあまりわからなくて。人によって受け取り方は違うのかな。わからないけど、だけど、この言葉そのものというよりも、この言葉を伝えようとしてくれたことの意味と、その想いを、何より大事にしたいと思う。

それは相手がいるからこそできることで、それをそのステージ全部から受け取ることができたから。

今までの彼女たちのステージ全てを見てきたわけじゃない。だけど、あそこまで彼女たちと、私たちの存在を感じるのは初めてだった。それがわたしはすごく嬉しかったし、それが一番「良いライブだった」と感じた理由なんだと思う。

 

 

日々、何かの終わりを思いながら過ごすことは難しい。このまま変わらずここにいられるものだと、心のどこかで思う。だけど、そうではない。そうではなかった現実に気づいた時、向き合うか、向き合わないかでその後は大きく変わるんだと思う。彼女たちは向き合って、そして今、ピンチをチャンスに変えたくて、その一歩を踏み出した。本当に勇気が要ったと思う。とてもとても格好いい。本当に格好いいと思う。

わたしはそんな彼女たちの姿を見て、自分自身のことももう少し信じてみようと自然と思った。わたしもまた、ライブ前日にそういう現実に直面していて、「このまま」ではいられない状況が突然すぐ近くまできてしまったのだけど、嘆いているだけではいけないし、何より目の前の5人がその先を進もうとしているのなら、わたしも前に進もうと思った。

だから、そういう意味でも、すごいとか素晴らしいとか、そういうのではなく、本当にただただ良いライブだったと思う。

 

 

ライブ中、『未来地図』のあたりだったかな、5人が中心に集まった姿を見た時、「もしかしたら」と思った。思わされた。それは過去の感覚に似ていて。蘇るような。それは、わたしの中でサンドリオンが遊びではなく、人生になる予感。だから、それがあった以上、わたしはこの感覚や気持ちを大切にしたいし、彼女たちが「信じて」と言うのなら、とことん信じたいと思う。

 

 

絶対タワマン住もうね!!!!!